まいばすけっとは僕の記憶を養分にして増殖している
「まいばすけっと」というスーパーがある。イオングループが関東地方を中心に展開する小型スーパーで、生鮮食品や加工食品、日用品にプライベートブランド商品など、スーパーマーケットに求めるモノを一通り取り揃えていて、「近所に一店」ほしいスーパーである。
生鮮食品の質はイマイチだけど、加工食品や日用品、あるいは日頃お世話になっている悪い酒を買う分には十分なお店なので、僕もよく利用している。遠くの高級スーパーより近くのまいばすけっとの精神である。
まいばすけっとの特徴のひとつが店舗数だ。2020年9月時点で898店舗出店されているそうで、毎年100店舗ずつ増やし、2023年には2000店の出店を目指しているらしい。僕が住む地域にも徒歩10分圏内に3店舗、15分圏内まで広めれば6店舗ほどは出店している。石を投げればではないが、たしかに特定の地域ではコンビニや神社よりもよく目にする気がする。
まいばすけっとの店舗の増加スピードは、いち消費者としては好ましいことではある。ただその反面、ひとりの人間としては不安にもなる。というのは、新装開店したまいばすけっとが建てられている場所にそれ以前何があったのかまったく思い出せないからだ。
自宅から徒歩15分圏内にある6店舗のうち3店舗は僕がこの地に住み始めてからできた店舗で、確実に”そこ”の”それ以前”を見ているはずなのだが、まいばすけっと以前をまったく思い出せない。いつの間にか、気が付けば、まいばすけっとはそこにあり、微妙な質の生鮮食品や意外に頑張っているお惣菜を売りつつ、袋詰は下手くそだけど一生懸命働く店員さんがいるのである。
そこでふと思う。「まいばすけっとは僕の記憶を養分にして増殖しているのではないか」と。
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『転々』という映画がある。藤田宜永原作の同名小説を実写化した作品で、オダギリジョー扮する借金を抱えた大学生と、その借金をチャラにする代わりに散歩に付き合えとオダギリジョーに迫る三浦友和扮する借金取りを中心にしたロードムービーならぬ散歩ムービーである。原作は少し重々しい雰囲気で話が進み、結末もどんよりするものなのだが、映画の方は『時効警察』などで知られる三木聡監督らしくコメディタッチかつじんわりする何度も見たく作品になっている。三木聡作品と散歩が好きな僕にとっては何度も見ているフェイバリット・ムービーだ。
この映画の中で、長年東京を歩き続けている三浦友和が演じる借金取りの男が、東京の街の変化を見ながら「東京の思い出の場所のほとんどは駐車場になっちまっているんだよ」と、ため息まじりにつぶやくシーンがあった。確かに一時期の東京は、まあ東京に限らず首都圏全般がそうだと思うが、どんどんと駐車場ばかりが増えていた。新車登録台数は年々減少傾向にあるというのに、なんでこんなに駐車場が必要になるのだろうかと考えるぐらいであった。だが、もしも『転々』が撮影されるのがもう少し遅ければ、「東京の思い出の場所のほとんどはまいばすけっとになっちまっているんだ」というセリフになっていたのかもしれない。
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と、こんなことを考えながら、僕は今日もまいばすけっとで悪い酒を買い、それを飲みながらこれを書いている。悪い酒を入れれば入れるほど思い出は消え、この酒を買ったまいばすけっとの”それ以前”が何だったのかはますます消えていく。
やはりまいばすけっとは、僕の記憶を養分にして増殖しているのではないだろうか。