宇宙飛行士と囚人

ペンギンって宇宙飛行士っぽい

コロナの陽性判定を受け、10日間ほど自宅療養をしていた。
どうも居酒屋でもらったようなので自業自得ではあるのだが、外で飲んだのが数ヶ月ぶりだっただけに、こいつ持ってないなあ…と我ながら思った。

症状は喉から出た。
エアコンをつけっぱなしで寝た影響かと考えていたが、その数日前にTwitterで「エアコンで喉がやられたかなと感じる人はだいたいコロナ陽性」的な話を見ていたので(もしかしたらアカンかもなあ)と思う。そして翌日、案の定発熱してしまう。その頃東京都は発熱外来の予約もなかなか取れない状況だったらしいのだが、僕の場合は運良く空きが出て近所のクリニックで検査を受けられた。例の鼻の奥をグリグリやられるやつで調べたところ、見事に陽性判定が下される。覚悟はしていたものの、検査結果を聞いた直後は(ここまで耐えて来たんだけどなあ)(本当に感染するもんだなあ)(医療関係の人に申し訳ないなあ)と落ち込んでいた。が、何かを察したらしい看護師さんに「今は誰でも罹っちゃうから落ち込むことないですよ」と言っていただき、少し気持ちが楽になる。やはり医療関係者には感謝する以外にできないもんである。
帰宅後、食料がやや不安だったので、たまには税金を有効活用するために、食料を届けてくれる都のサービス「うちさぽ東京」の利用申請を行い、床に就いた。

陽性判定による精神的ショックは大きかったものの、症状自体はごく軽症で済んだ。発熱はMAXでも38.5ほどで、それも2日もすれば平熱に下がった。最初に自覚した喉の痛みは次第に強くなっていったものの、定期的に扁桃炎をやる体質なので知っているレベルで済んだと言える。鼻詰まりだけが長引いたが、いわゆる"体調不良"は3日ほどで終わった。
仕事に関しても、幸か不幸かタイミング的にインターネットさえ通じていればどうにでもなる状況だったので、諦めたり不義理をしたりする必要もなかった。この時ばかりは「フリーランスでよかったなあ」と感じたが、以前に同様の思いを抱いたのが親の介護をしていた時だったので、(陰な意味では享受できているけど、陽な意味ではフリーランスの恩恵を受けられていないなあ…)と、ぼんやり落ち込んだりもしていた。

症状発症から4日目ほどのタイミングでうちさぽ東京からの物資が届く。どんな食品が来るのかよくわかっていなかったのだが、カップ麺やレトルト食品、ちょっと甘めのお菓子、ふじっこのおまめさんシリーズ、そしてモンスターエナジーなど、飲み会や生活に慣れていない5月の大学生1年生が買ったみたいなラインナップでちょっとテンションが上がってしまった。思えばこういった雑な差し入れや仕送りをもらった経験がないので、架空の大学時代の同級生や、架空の田舎の母に思いを馳せたりもした。
それと同時に、限られた空間の中で行動し、誰とも会わず、コンピューターをいじり、時折窓から外界を眺め、どこかから無機質な食品が届く生活に、何だか宇宙飛行士っぽいと思ったりもしていた。少しの間、気分は『月に囚われた男』だったし、薬局でもらった桔梗湯を飲みながら夜の町並みを眺めていると、つかの間の休息時間にISSから地球を眺める宇宙飛行士のような気分でもあった。

東京都からいただいたモンスターエナジー。
初めて飲んだが、「大学生」って感じの味だった。

元来引きこもりがちな性格なので、1日自宅で過ごすことや、生身の人間と会話を交わさない日々が続くことにそこまで大きなダメージはなかった。ただ、会社員を辞めて自宅が職場の生活を始めて以降はなるべく毎日1万歩前後は歩くようにしていたので、純粋に歩けないことに対するストレスが溜まって来る。特にほぼ無症状になった7日目以降はさすがにイライラする時間が増えていた。(あとどれくらい待てばお天道様の下を歩けるのか…)と考えつつ(囚人の発想以外の何物もでもないな)と半笑いになっていたが、この頃の食事は、朝ゼリー、昼カップ麺、夜レトルト雑炊みたいな感じだったので、おそらく囚人の方がちゃんとした食事を食べていたことだろう。


IQ低い差し入れのおかげでテンションは上がった

症状発症から10日が過ぎ、療養期間が終わった。
療養期間中は毎日保健所からSMSが届き、指定のサイトに健康状態を入力していたが、療養期間が終わると何の宣言などもなくSMSは届かなくなった。こちらとしては10日間の苦行を這々の体で駆け抜けたイメージだったので、サライとは言わずとも、「10日間よく頑張りました」的なメッセージでも届くのかと思っていたのでいささか拍子抜けだった。が、もちろん、そんなところに労力を掛けてもらっても困るので、これくらいの対応で問題なかったが。
ともあれ、症状も改善し、後遺症の兆候もないまま10日間の療養期間を終えられたのは僥倖であっただろう。

療養期間を全うした日の夜、久しぶりに外出をしてみた。
もともと散歩が好きだったが、普通に街中を歩けることに改めて大いに幸せを感じた。が、外を歩くということに多幸感を抱くのも、それはそれでまた幸せの水準が下がってしまったなと思いひとりで苦笑したりもしていた。

軽く夜の街を散歩し、療養生活で足りていなかった野菜や酒を買い込んで帰路に着こうとしたところ、石焼き芋販売車が目の前に表れ、(もしかして10日どころか2,3ヶ月意識失ってた?)と混乱したが、周囲の人も引いていたので、普通に季節を先取りし過ぎたちょっとアレな石焼き芋屋だったらしい。宇宙飛行士と囚人気分を味わっている間にタイムスリップしてしまったのかと思って、ちょっと焦った。

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